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秩父宮記念スポーツ博物館・図書館
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アクセス
■所在地
東京都新宿区霞ヶ丘町10番2号
03-3403-1159
■最寄り駅
・JR総武線(各駅停車)
千駄ヶ谷駅下車 徒歩5分
・JR総武線(各駅停車)
信濃町駅下車 徒歩8分
・東京メトロ銀座線 外苑前駅下車
徒歩15分
・都営地下鉄大江戸線
国立競技場駅下車(A2出口)
徒歩1分 |
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前回は、総合馬術競技耐久種目決勝戦に出場した、城戸選手と愛馬「久軍号」が、ゴールまであとわずかに迫ったところで、「久軍号」にアクシデントが起きたところまでをご紹介しました。今回はその続きです。
城戸選手は、金メダルを目の前にしながら、走り続けようとする愛馬から降り、「久軍号」を押しとどめたのです。
競技の放棄です。城戸選手は、このまま障害を飛び越えさせれば愛馬は死んでしまうという咄嗟の判断であったといいます。
その時、「久軍号」は、主人の心を知ってか、城戸選手の肩に鼻を埋めて、まるで「ごめんなさい」と謝りながら泣いているようであったといいます。その姿に数名の審査員は、思わずもらい泣きしたそうです。当時のアメリカの日系新聞「羅府(ロサンゼルス)新報」の見出しには、「熱涙を呑んで/城戸中佐馬を救う/最後の障碍で棄権」と書かれていました。
この決断力と愛馬心に徹した行為を讃えて、アメリカ人道協会は2枚の銅版を鋳造し、1枚を1934年にカリフォルニア州のルビドウ山にある「友情の橋」に取り付け、もう1枚はリバーサイド・ミッションインという教会に保管されたとのことです。
また、当時城戸選手が使用していた鞍は、この大会で特に日本馬術チームを親切に世話してくれたルイス・ゴスネー・カッスル夫人に、競技の翌日贈られました。その後、第18回東京オリンピック開催(1964年・昭和39)を期に、関係者の好意により当時のライシャワー駐日大使の手から竹田恒徳JOC(日本オリンピック委員会)委員長の手に託されました。
きしくも現JOC会長・竹田恆和氏のお父上であります。また、竹田恆和会長は、小学校5年生から馬術を始めますが、その時指導したのは、この城戸俊三氏だったのです。
そして、第20回ミュンヘンオリンピック(1972年・昭和47)、竹田恆和氏は夢であったオリンピックの馬術競技に参加することになります。
城戸俊三氏の鞍と友情の橋に掲げられていた銅版は、博物館に展示してあります。
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