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秩父宮記念スポーツ博物館・図書館
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アクセス
■所在地
東京都新宿区霞ヶ丘町10番2号
03-3403-1159
■最寄り駅
・JR総武線(各駅停車)
千駄ヶ谷駅下車 徒歩5分
・JR総武線(各駅停車)
信濃町駅下車 徒歩8分
・東京メトロ銀座線 外苑前駅下車
徒歩15分
・都営地下鉄大江戸線
国立競技場駅下車(A2出口)
徒歩1分 |
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今回は日本の近代スポーツの歴史をご紹介しましょう。
日本がオリンピックに参加したのは、1912年(明治45年)からであります。
第5回ストックホルム大会です。
この大会から、選手は、各国内オリンピック委員会(NOC。日本では日本オリンピック委員会JOCとなります)が認めない限り、参加できなくなりました。それ以前は、個人やグループが『参加したい』といえば参加できたのです。
つまり、真の意味で国単位の大会になったのは、この大会からだと言えます。
また、この大会からクーベルタンの強い希望で芸術競技がはじまります。建築、彫刻、絵画、音楽、文学の分野で競技を行い、ほかの競技と同様に1〜3位となった芸術家には金銀銅メダルが授与されました。
日本とオリンピックとの関わりは、第4回ロンドン大会の時、クーベルタンIOC会長からのたっての希望で、IOCが嘉納治五郎氏(講道館柔道の創始者)に参加を要請したことから始まりました。
嘉納氏は、当時東京高等師範学校の校長(後の東京教育大学、現在の筑波大学)であり、スポーツへの理解者であったことはヨーロッパにも知れわたっていた人物であります。
彼は、この要請を快諾しますが、いかんせんオリンピックへ参加するための組織がなかった。そのため、各大学に呼びかけて『大日本体育協会』を創設し、準備を整えるわけであります。
時、1911年(明治44年)。ストックホルム大会の前年であります。すべりこみセーフっていうところですか。
ストックホルム大会の公式ポスターの図柄には日本の国旗も入っています。
ここからが、面白い話がたくさんあるのですが、次回は資料の紹介をしながら、お話していくこととします。
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